出版社:講談社
刊行年:1999.04.15
定 価:1,800円(税別)
ISBN:4062069520
四六版 365p
装 画:西口司郎
装 丁:多田和博

『柔らかな頬』
突然、行方がわからなくなった娘を追って彷徨うカスミ。末期ガンで余命半年の内海はカスミと一緒に娘を捜す旅に出る。
カスミの愛人、石山も家を捨てた。
三者の思いが交錯して、見果てぬ夢の末に現れる真実とは。魂を揺さぶる感動作。
第121回直木賞受賞作品

作者のコメント
 『OUT』の前に書いた、ミロが主人公だった『柔らかな頬』を改稿した作品です。この長編を書いている最中に、母が病気になって亡くなりました。病院に毎日行っていたので時間がなく、夜中にパソコンに向かって泣きながら書きました。あとで読むと滅茶苦茶で使えないのですが、小説と向かい合っていると気が休まるんです。小説が自分を救うんだと思いました。母が亡くなってからひと月は全く書けなくて、ようやく乗れるようになったのは、二カ月を経過してからです。
 あと200枚くらいで脱稿という時点で、大変なことが起きました。私の親友のお嬢さんが自殺したのです。この親友のお母さんも、私の母が亡くなった一カ月後に亡くなっておられるのに、またしてもとんでもない悲劇に見舞われた訳です。この時は悲しくて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。なぜなら、私が書いている小説が子供の不在というテーマでしたから、私が疫病神なのではないか、と悩んだからです。関係ないとは思いませんでした。小説を書いていると、思いが募るのか偶然の出会いや運命的な暗示みたいな奇妙なことがいっぱい起きます。そしてもうひとつ、子供を失った人がすぐ身近にいるのに、私がその悲しみや苦しみを小説で表現できるかという畏れもありました。
 それまで最終章のことは全く考えていませんでした。内海が死ぬところで終えようと思っていたのです。でも、お嬢さんの死でショックを受けた私に担当者がアドバイスしてくれました。いなくなった子供、有香の視点がないと言うのです。確かに、有香はたったの5歳ですが、小説なら5歳の子供の視点も書ける、表現できる訳です。それで付け足しました。その箇所が後々まで問題になります。犯人がわからない、と言われました。
 私自身は最後のシーンで真犯人を書いていたんですけど、担当者に異議を唱えられました。犯人を決めてしまって失うものは大きい、と。子供の不在という理不尽な出来事に対して、あれだけ幻視を書いたのだから、ここで特定してはいけない、と。その通りだったと思います。小説の広がりはこちらの方が大きいのです。
 結果として、この小説は直木賞をいただきました。私は自分の最高の作品でいただけたことにとても満足しています。そして、この小説を執筆している時に私の母と親友のお母さん、そしてお嬢さんが亡くなったことに因縁すら感じます。でも、小説は希望なのだと気が付きました。私を救うものだと。もしかしたら、この世の中の誰かを救うかもしれない、と。あの時の夜中の執筆を思うと、今でも勇気が湧きます。
(桐野)

  第121回直木賞受賞

ハイビジョンドラマ
  『柔らかな頬』
2000年(BS−i)
監 督:長崎俊一
出 演:天海祐希、三浦友和、松岡俊介、渡辺いっけい、 室田日出男